Cost

■建設コストについての考え方

一般的に「ローコスト」と呼ばれる住宅の多くは、低価格である一方で、低品質であることが多いです。しかし、「低品質」とは一概に言えるものではありません。低価格で低品質な住宅は、高価格で高品質な住宅と同じように、コストと品質が比例している傾向があります。そのため、私は低品質なローコスト住宅は、価格が安いだけであまり価値を見いだせないと考えています。

もちろん、高品質な住宅は高価であることが多いですが、高価だからといって必ずしも高品質であるとは限りません。理想的には、低価格でありながら高品質、そしてデザイン性も高い住宅を提供できることが望ましいですが、現在のように原材料費や人件費が高騰している状況では、これを実現するのは非常に難しい課題です。高品質を実現するためには、優れた職人を、そして高性能な住宅を実現するためには良質な材料を使用する必要があります。どちらのレベルを上げるにつれて、価格も上昇するため、良い建物を作ろうとするほどコストは増加していくのは当然のことです。

また、間取り(プランニング)も価格に影響を与えます。複雑な間取りは材料が増え、施工に手間がかかるため、同じ床面積でも単価が異なってきます。シンプルな間取りの中で、いかにセンス良く求められる機能を組み込み、それを昇華させるかが、費用対効果の高い建築を実現する上で非常に重要です。

使用する材料については、低価格でありながら高品質を保つコストパフォーマンスの高い材料を適材適所に使用することで、全体のコストパフォーマンスを向上させる工夫をしています。

人件費についての課題ですが、私の設計した建物を何度か施工したことのある建設会社や工務店、大工さんに協力をお願いし、見積もりを依頼しています。もちろん、クライアント様ご自身で選んでいただいた施工会社でも構いませんが、初めての施工会社の場合、こちらで経営状況や施工レベルを判断し、お断りさせていただくこともありますので、その点はご理解いただければと思います。

極端なローコスト化は、誰も望まない結果を生む可能性が高いです。どれだけ施工費が安くても、下請け業者や職人たちが損失を被るようでは意味がありません。誰かの幸せのために誰かを犠牲にするという考え方には納得できませんし、そうして手に入れた家が、本当に住む人を幸せにできるのかという疑問もあります。現代のビジネスにおいて、何でも少しでも安くという消費者心理が、ワーキングプアや消費者自身の所得抑制につながっているように思えるからです。

私のプロジェクトでは、クライアント様、施工会社、現場監督、職人たち、そして設計者である私を含め、関わるすべての人が幸せになれるようなバランスの取れたプロジェクトを目指しています。なぜなら、すべての人々が幸せになる権利があり、極端なローコスト化は、長い目で見ればクライアント自身も含め、誰も幸せにしないと考えているからです。何か不具合が発生した際に、ローコストであったことを理由に納得するクライアントは一人もいないという現実を見ても、それは明らかです。

 

■コスト対策のポイントと問題点と解決に向けた進め方

コスト対策を進める上で最も重要なポイントは、設計に対する考え方です。これは一般的な設計論ではなく、私自身の考えや気持ちに基づくものです。建築というものは、人々の気持ちや考え方、流行や好みの変化のスピードと比較すると、非常に長い期間にわたって同じ姿で存在し続けます。10年前の自分の建築やインテリアに対する好みを思い返してみてください。今と同じでしょうか?それとも変わっているでしょうか?

 

住宅以外の建築物は、ほとんどが不特定多数の人々が特定の目的で利用するものです。こうした建物は目的が明確であり、費用対効果もはっきりしています。しかし、住宅は特定の家族が多様な目的のために利用するものであり、費用対効果が非常に見えにくいのです。特に、特定の目的やデザインに特化した場合、住む人の気持ちの変化によって、住宅の耐用年数が短縮される可能性があります。

 

多くの場合、住宅は「一生に一度建てる」という前提で検討されています。その中で、ライフスタイルの変化にどれだけ柔軟に対応できるかが、住宅を長寿命に保つためのポイントだと考えています。上質な住宅を作り、具体的な耐用年数だけでなく、快適に暮らせるという「心地よさ」の耐用年数も長くすることが、本来の意味でのコストを抑える方法だと考えます。しかし、ランニングコストを低く抑えるためには、建設費が増加することが多いです。現金での建設を除けば、毎月の住宅ローンの支払額が重要であり、初期費用を単純に下げることが必ずしも良いとは限りません。

 

私のスタンスは、「主役は家族であり、建築は黒子である」というものです。別の言い方をすれば、建築家の住宅における役割は、初めての逆上がりを補助するように、初めて住宅を建てるクライアントをサポートすることに似ています。これを実現するためには、建物のピークを完成時に設定するのではなく、10年、20年、30年後にピークが来るようなコンセプト作りが必要です。家族と共に年を重ねていくような住宅が理想です。経年変化を考慮し、将来のピークに向けて設計する場合、材料の選定や間取りの構成など、上質で主張しすぎない空間が求められます。

 

こうした考えを基に住宅を再考すると、どうしても必要な材料や広さがあります。例えば、模様替えの際に住む人の自由な発想が、コンセントや開口部の位置に左右されないようにすることが重要です。これらは、住宅における最低限の条件だと考えています。

 

建築費用を抑えながらも品質を保つことに挑戦し続けてわかったのは、これが非常に難しい課題だということです。単純に安くすることが目的であれば、設計料がかかる以上、設計事務所に依頼するべきではないでしょう。費用を抑えつつも価値を高める住宅を設計する際には、そうした自己矛盾を含むことがあります。それを踏まえた上で、コスト削減の意味を問い直さなければ、設計事務所の存在価値はありません。10年、20年後に「空間設計室に頼んで良かった」と言われるような仕事をすることが、私の住宅に対する基本姿勢であり、費用管理もその一部です。これは、独立して以来一貫している明確なポイントです。

 

コストは必要かつ重要な条件の一つであると同時に、コスト対策がクライアントにとって必ずしも最良の選択肢ではない可能性があることが挙げられます。そういったケースにどう向き合っていくかが今後の課題であり、クライアント自身にも考えていただきたいポイントです。例えば、費用的に問題がある場合、今はまだ建てないという選択肢もあり得るでしょう。ただ、戦後の持ち家政策により、日本人の住居に対する満足度は、持ち家を所有することでのみ満たされるという状況が作られています。そのため、特に地方では賃貸住宅についてはあくまで仮住まいと位置づけられ、満足度の高い賃貸住宅はごく少数です。また、建築費は常に上がり続けており、今現在が最も安い状況が逆転することは近年ありません。この状況が改善されない限り、より良い居住環境を手に入れることと世帯収入とのバランスは、常に悩ましい問題として存在します。

 

様々な懸念がありつつも住宅を建てようと決意した後は、まずファイナンシャルプランナーを交えて世帯収入から拠出できる建築総額を算出してもらいます。その後、クライアントの要求や希望を入念に打ち合わせ、すべてを反映したプランを作成し、概算見積もりを出します。次に、拠出可能な金額と概算見積もりのギャップを認識し整理し、バランスを見ながら内容に優先順位をつけ、実行可能なプランと金額に調整していくという進め方をしています。

 

■相関図:性能・面積・コストのバランスについて

上記の相関図は、性能・面積・コストの関係を示しています。全ての建物には、これら3つの要素、「性能(品質)」、「コスト」、「面積」が存在します。

まず、それぞれの要素について説明します。

1.性能(品質)
高気密・高断熱や自然素材の使用による室内環境、床暖房などが該当します。つまり、夏は涼しく冬は暖かく、便利でメンテナンスが少ないことを目指す場合、この「性能(品質)」のレベルを上げる必要があります。性能は材料の品質や施工の良否に影響されるため、ここでは「品質」という言葉も含めて表現しています。

2.コスト
ここでは、建設費をはじめとする費用全般を指します。内訳としては、材料費・人件費・諸経費などがあります。材料費はそのままの意味で理解しやすいですが、人件費は職人の報酬だけでなく、その職人の腕前のバロメーターでもあります。新人や腕のあまり良くない職人は比較的安い傾向にあり、逆に腕に自信のある職人は自分を安売りしません。規格住宅では無駄を徹底的に省き、特に人件費と諸経費を削減していますが、注文住宅では極端な削減が難しいのが現状です。

3.面積
ここでは単純に床面積を指しますが、法的な床面積だけでなく、実際に費用がかかる施工床面積を指します。テラスや吹き抜け、ロフト、バルコニーなども法的床面積には一部しか含まれませんが、施工費を考える際には重要な要素となります。

 

家づくりのバランス

相関図を見てください。3つのポイントの周りに楕円が描かれていますが、1つの楕円は2つのポイントしか囲んでいません。

例えば、「夏涼しく冬暖かい」(性能・品質)かつ「コストを抑えた」住宅を希望する場合、断熱性能や温熱環境を向上させるためには、性能の良い材料を用い、精度の高い工事を行う必要があります。これにより、材料費や工賃が上がり、単位面積あたりのコストを抑えることが難しくなります。高気密・高断熱の住宅の坪単価が安くないのはそのためです。工事を予算内に収めるためには、建物の規模(面積)を小さくする必要が出てきます。しかし、面積を小さくしても最低限必要な設備や工事期間はあまり変わらないため、結果的に建設費が思ったより下がらない場合があります。

別の例として、家族が多く、2世帯住宅などで必要な部屋数や最低限の面積が単一世帯の住宅より増える場合があります。予算(コスト)に限りがある場合は、坪単価を下げる必要があり、希望の仕様(性能)を減変更する必要が生じます。あるいは、建物の形状をシンプルにして表面積を減らすことも有効です。吹き抜けやバルコニーは面積に含まれませんが、総工費を押し上げる要因となるからです。しかし極端に性能や品質を落とすと耐震や省エネ等級に影響があり、維持管理コストや建物の寿命に影響がある場合もあるので、注意が必要です。

まとめると、床面積を確保するには単価を下げる必要があり、そのためには性能や品質を犠牲にすることが求められます。一方で、性能・品質を確保するには単価が下がらないため、床面積を小さくする必要があります。性能を落とさずに床面積も広く取りたいのであれば、ある程度の予算を確保する必要があると言えます。ただし一般の簡易ソフトでつくるような間取りは無駄が多く、2-3割は削減できるケースもあります。必要な面積だと考えていたプランでも、本当に無駄がないのかどうかは検証したほうが良いと思います。

理想は3つの楕円が交わる中心部分、「性能」「コスト」「面積」のバランスがとれた住宅ですが、これはあくまでも理想なので、これから住宅を建てる方には、どちらの方向からこの中心を目指すのか、そのスタートラインを明確にすることをお勧めします。これは妥協ではなく、条件の優先順位をつけることだという点を強調しておきます。センスに関しては、この相関関係には含まれませんが、奇抜な形態を求めるとコストとリンクしてしまいます。しかし、建築においては逆に、コストを抑えた部分をセンスでカバーすることも可能です。理想のバランスの成立点は人によって異なります。ただそれが本当に最高到達点なのかは、少なくとも建築のプロに見てもらってもよいのではないかと思うのです。さらに一緒に考えさせていただければ嬉しい限りです。